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名古屋地方裁判所 昭和46年(モ甲)278号 判決

申請人

大西五郎

右訴訟代理人

花田哲一

外二名

被申請人

中部日本放送株式会社

右代表者

小島源作

右訴訟代理人

浦部全徳

外五名

主文

一、申請人、被申請人間の名古屋地方裁判所昭和四六年(ヨ)第六〇二号賃金仮払い仮処分申請事件につき当裁判所が昭和四六年五月二一日なした仮処分決定を認可する。

二、訴訟費用は、被申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判《省略》

第二、当事者の主張

一、申請の理由

(一)  被申請人は、放送法による一般放送事業者の放送事業およびこれに関連附帯する一切の業務を営むことを目的とする株式会社であり、申請人は、昭和三二年四月一日被申請人に入社した従業員であり、被申請人の従業員によつて組織されている申請外中部日本放送労働組合(以下「申請外組合」という。)の組合員である。

(二)  被申請人は、昭和四五年三月一四日申請人を解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

(三)  申請人は、被申請人に対し本件解雇の無効を主張して名古屋地方裁判所に本件解雇の効力停止、賃金仮払いを求める仮処分申請(同裁判所昭和四五年(ヨ)第三二二号)をしたところ、同裁判所は、同月一八日本件解雇の効力を停止し一ケ月金一〇八、九八九円を毎月二三日限り申請人に仮に支払えとの仮処分決定(以下「一次仮処分決定」という。)をした。

さらに申請人は、被申請人が昭和四五年四月被申請人従業員に対し申請外組合との協定により賃金引き上げをしたので、同裁判所に対し申請人にも同様の引き上げ等を求める仮処分申請(同裁判所昭和四五年(ヨ)第九八六号)をなしたところ、同裁判所は、同年八月一二日被申請人に対し申請人の賃上げ分として昭和四五年四月一日から本案判決確定に至るまで毎月二三日限り一か月金一三、五〇〇円の割合による金員の仮払いを命ずる内容を含む仮処分決定(以下「二次仮処分決定」という。)をした。

(四)  ところで被申請人は、昭和四六年四月一三日昭和四六年度の賃金引上げ等について申請外組合と協定を締結したが同協定によれば昭和四六年度の本給分引上げ額は「本給×九%+五、〇〇〇円」であり、配偶者手当として三、三〇〇円食事手当として一、〇〇〇円がそれぞれ引き上げられた。

右引上げは同年四月分から実施され、同月二三日に支給された。〈後略〉

理由

一、申請の理由(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。

二、被申請人は、「申請人は、本件解雇により被申請人の従業員の地位を失つているのであり、本件仮処分申請の被保全権利である賃金昇給分の前提となる申請人の従業員としての地位の存否については、一次仮処分決定は何らの効力を及ぼさない」旨主張するけれども本件解雇の効力を仮に停止する旨の一次仮処分決定により、右決定が取り消されない限り申請人が被申請人の従業員としての地位を保有しているという法律状態が形成されていることは明らかである。

従つてこのような一次仮処分決定が存する以上、本件においても、本件解雇の効力につき判断するを要せず、申請人が被申請人の従業員の地位を有しているものと認めて、賃金昇給分の存否およびその必要性についてのみ判断すれば足りるわけである。

三、〈証拠〉によれば申請人の昭和四四年度の本給は六二、二〇〇円であり、二次仮処分決定により九、五〇〇円の本給昇給が認められているので申請人の昭和四五年度の基本給は七一、七〇〇円であることおよび、昭和四六年四月一三日に成立した申請人主張の協定に基づく支給については、被申請人において端数は五〇円単位で切り上げる取扱いをしていたことが一応認められる。

してみれば、一次仮処分決定により被申請人の従業員としての地位を仮に保有し、かつ、申請外組合の組合員である申請人は、同組合と被申請人との間に締結された申請人主張の協定の適用を受け、その主張のとおりの賃金昇給額につき支払い請求権を取得したものというべきである(労使間に賃金昇給についての協約が結ばれたとき、各組合員の具体的個別的昇給額は、査定部分を除いて自動的に算出できる範囲において、右協約の効力として当然に確定し、支払い請求権も、使用者の個別的具体的な支給の意思表示をまたずに、その時点で発生すると解するのが相当であり、これに反する被申請人の主張は採用できない。)。

なお、被申請人は、前記認定締結に際し、被申請人と申請外組合との間に「本件協定は従業員の地位について係争中の者には適用しない」旨の合意が存したと主張するけれども、右のような合意の存在を認めるに足りる疎明は存しない。のみならず仮にかかる合意が存在していたとすれば、右合意は一次仮処分決定により仮に被申請人の従業員の地位を保有している申請人につき、前記協定の効力を排除しようとするものに外ならず、労働協約の有する法的性質(規範的効力としての直律性、強行性)にかんがみると、かかる合意は何らの効力を生ずるに由ないことは多言を要しない。

四、いわゆる追加仮処分のうち本件の如き賃金の昇給分の仮払いを求めるものは、賃金の殆んど大半が生活費に当られているのが我が国の賃金生活者の現状であることにかんがみれば、被保全権利の疎明があれば特別事情なき限りその必要性を昇給分全額について肯認すべきものと考える。

しかして、本件全疎明資料によるも右特別事情は認められないので、申請人主張の賃金昇給額全額につき仮払いの必要性を認めることができる。

五、従つて、本件仮処分申請は理由があるからこれを認容すべきであり、右と同旨の主文第一項掲記の仮処分決定は相当であるから認可し、異議申立後の訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(松本武 渕上勤 植村立郎)

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